こころの健康フェスティバル

こころの健康フェスティバル・第55回精神保健福祉岐阜県大会の報告

 平成28年度こころの健康フェスティバル、第55回精神保健福祉岐阜県大会を開催しました。その概要をプログラムに添って紹介します。昨年度までは午前10時から午後3時までの全日日程でしたが、今回は午後1時からの半日日程で行いました。

1  期 日  平成28年10月26日(水)
2  場 所  不二羽島文化センター
          羽島市竹鼻町丸の内6-7
3  テーマ  しなやかに生きる
4  プログラム

(1)開会セレモニー  13:00~13:05
   ・あいさつ  岐阜県知事(代理:県健康福祉部保健医療課長 小山貴広)
           岐阜県精神保健福祉協会会長 田口真源

(2)功労者表彰       13:05~13:20

   ・県知事表彰  5名(小山課長から賞状と記念品が授与された)
   ・協会長表彰  6名(田口会長から賞状と記念品が授与された)
     受賞された皆様おめでとうございます。(敬称略)     <県知事表彰 受賞者 5名> (五十音順)
      安藤和徳、河合淳子、神戸 誠、橋戸智子
      若山春子
    <協会長表彰 受賞者6名> (五十音順)
     
淡路理絵、河合奈津恵、河合眞里子、
      西村厚子、廣瀬真由美馬渕正務

(3)特別講演      
13:30〜15:00
 <演題>  「こころの健康を考える~家族・当事者・精神科医の立場から~」
 <講師>  夏苅郁子氏 (やきつべの径診療所精神科医)
 <プロフィール>
   ・北海道札幌市生まれ。10歳のとき、母が統合失調症にかかり、病んだ母親と2人の孤立
    した過酷な少女時代を送る。
   ・両親が離婚した後、もともと疎遠な父とは暮らすことなく、孤独と絶望から二度の自殺未遂。
   ・友人の仲介により母と再会した。その後イラストレーターの中村ユキが著した「我が家の母
    はビョーキです」という本を読んで、母の統合失調症と真正面から向き合うことを決意。
   ・浜松医科大学医学部を卒業後、同精神科助手、共立菊川病院、精神科浜松病院を経て、
    2000年やきつべの径診療所を開業。
   ・家族、当事者、精神科医という3つの立場の貴重な体験を基に、精神障がいに関する理解
    を深める講演活動や患者の立場に立った医療の在り方の提言。
 <講演内容>
    3つの立場からこころの健康について話
   されました。
  ① 家族の立場から
    夏苅氏の母親は夏苅氏が生まれる前の
   23歳から78歳で亡くなるまでの半世紀、
   統合失調症という病気のために病院に通
   っておられました。精神疾患の人を親にも
   つ子どものくらしがどんなかを世間の方に
   知ってもらいたいと、母親との生活の様子を紹介されました。
    今日みたいな秋晴れの日には、どの家でも洗濯物が干してありますが、夏苅氏が子ども時
   代の記憶をたどっても、洗濯物が干してある記憶がないそうです。朝から雨戸を閉め切って
   家の中は真っ暗で、小さな電球が灯っているだけでした。お掃除をするわけではないので、
   食べ物の残骸がほったらかしにしてあり、ネズミがすごく繁殖していました。それを追いかけ
   る野良猫も出入りしていてすごい状態でした。11歳の時には、あまりにも不潔な生活のため
   に、頭の中にバイ菌が入って細菌性髄膜炎になりました。40度くらいの高熱が何日も続いて
   やっと病院に連れて行ってもらい緊急入院となりました。こんなふうなので家に友達なんてと
   ても呼べる状態ではなく、一人っ子の夏苅氏は本を読んだり、絵を描いたりして過ごしていま
   した。
    夏苅氏ができたことは、母親がいろいろなことにこだわりの症状があったので、そのこだわり
   を邪魔しないようにおとなしくしていることでした。出された夕食は8年間毎日同じ献立でしたが
   黙って食べること。学校では、どんなに汚いといじめられても、毎日学校に行き問題を起こさ
   ないこと。外出しない母親の代わりに日常の買い物をすることでした。親しい友達もできない
   し、転校するたびにひどいいじめにあいました。思春期にこんな生活をしていると、人間不信
   になりました。
 ② 当事者の立場から
    夏苅氏が医学生の時、倫理学で「家族について」のレポートが出ました。「家族」という言葉に
   触発せれるように、小さい頃こうだったああだったと原稿用紙に叩きつけるように書きました。
   あまりにも理不尽なことがこんなにもあったのかと、綿密に振り返ってしまいました。医学生
   から研修医時代にかけてリストカット、摂食障害、アルコール依存症、そしてとうとう自殺未遂
   まで起こして精神科に通うことになりました。
    通院中はほんとうに大量の薬を出されました。ものすごい副作用で、飲むと口が乾いてし
   ゃべれなくなるのです。立ちくらみがして、外科の臨床実習中に手術室で立ちくらみを起こし
   とんでもないことになりそうになったこともありました。それでこんな薬飲めないと思って勝手に
   断薬をしたら、眠ることも食べることも、水を飲むこともできなくなり、ミイラみたいになってし
   まいました。結局はまた服薬することになったのです。精神科に通院していたころはたくさん
   の悲しい思い出がありますが、その1つは研修医だったころ、ときどき大学に行って会議に
   参加したときのことです。会議で精神科医が30人くらいいる向こうの方に教授が座っていま
   した。「先生、私元気になりました」と言いたくて教授のところに駆け寄ったら、教授がこっち
   を向いて「おいお前、薬はちゃんと飲んでいるだろうな」と聞かれました。一番悔しかったのは
   みんなの前で言われたからではなく、薬の前に、「おお、元気か」と聞いてほしかったのです。
 ③ 精神科医の立場から
    夏苅氏が医学部に進学するための努力の源は、小さい時から親は当てにならないものだと
   いう運命を自分で変えたくて、また汚いと自分をいじめた人間を見返してやりたいという恨み
   からでした。精神障がい者の家族がいると自分は結婚できない、だったら手に職を持とう、女
   でも食べていける医者なんかがいいと思い医学部を選びました。そして精神科医になったの
   すが、病気の母親を治したいからなったのではなく、医学部5年生の時に自殺未遂を起こして
   しまい、精神科に拾ってもらう形でなったのです。そして、今は稀有な人生を歩んだ経験を生
   かして治療にあたれる精神科医になろうと思うようになりました。自分が何度も死のうと思っ
   たのに、この年まで生きてこられて、しかも精神科医になれたことは奇跡にも近い幸運だと今
   さらながらに思いました。さまざまな幸運あっての今の自分だと思い、そうした自分がもらった
   幸運に対して、お返しをしなければと強く思っています。
    家族や当事者であった自分が精神科医としてできることの1つは、統合失調症の病気のこ
   とや家族の苦しみを一人でも多くの人に知ってもらうことです。5年前に、母親が統合失調症
   だったことや自分自身も当事者だったことを公表してから、全国の家族会や当事者団体に
   呼んでもらい、語り部として活動するようになりました。講演会場で当事者の方や家族の方か
   らいただいた生の声を学会などで精神科医の皆さんに紹介しています。ある精神科医から
   言われました。「夏苅さんの話を聞いて自分はわからなくなりました。今までは、患者さんに
   薬を飲みなさい、飲まないと悪化しますよと言ってきたし、それがプロとしての自分の責任で
   あり思いやりだと考えてきました。」それに答えて夏苅氏は「医師として、服薬指導はもちろん
   責任です。でも、それを2番目に言うことはできないですか。2番目にもっていってもらえれば
   患者さんは自分は病気だけれど病気がすべてではないと思うことができ、生きる希望になり
   ます。もし、薬をちゃんと飲んだら半年あるいは1年で完治する病気だったら服薬指導を優先
   してもいいかもしれませんが、飲んでも飲んでも病気が出てくるとしたらすごくむなしくないで
   すか。」と答えました。病気を抱えながら生きるには希望という言葉が必要です。だから薬は
   2番目に言うべきだと考えるのです。
    精神疾患の中で一番偏見が多いのは統合失調症という病気で、思春期に発症しやすく、
   発症による経済的損失が一番多い病気です。脳の中の前頭葉の意思とか意欲とか計画を
   する分野が変性してしまう病気です。発症の最初の要因に遺伝が関わっていると言われてい
   ます。夏苅氏は母親の遺伝子を持っているのですから、遺伝子要因を知った始めの頃はす
   ごく怖かったのですが、今は自分の素因を持ち味として受け止めて過度のストレスは避ける
   ように生き方を工夫しようと思うようになりました。統合失調症になる経過は、今日急になると
   いうわけではありません。何回も小さな山を越えて行ってとんでもないことが起きたときに、あ
   る線を越えて発病するのです。あと一歩で発病という時期は前駆期と呼ばれています。前駆
   期には皆さんにもある症状ばかり並んでいます。刺激に敏感になる、集中力が低下する、や
   たらと疲れやすい、ちょっと被害的になる、ストレス耐性が低くなる、頑固な不眠、夜になると
   情動不安やイライラで暴力的になる、などの身体症状が出ます。疲れた現代人だったら誰で
   もなりそうです。ヤングという方が前駆期の人ばかりを何万人も調べて実際どれだけの人が
   発病したを調べたら、60%の人は発病せずに治っています。しかし一度線を越えて発病する
   となかなか元に戻りにくい病気で、残念ながら薬が必要なことが多いです。前駆期にとどまる
   ためには、人薬と時間薬がとても大事だと思います。人薬とは、信頼できる人に相談できるこ
   と、孤立しないこと、仲間がいることです。時間薬とは、その人が回復するまで周囲が待ってい
   てくれることで、これがとても大事な薬です。
 ④ まとめ
    政治家でもない、社会運動家でもない夏苅氏は、家族・当事者・精神科医の3つの立場を
   もつ者として、政策は動かすことができなくても、医師たちの心を動かすことはできると信じて
   おられます。今日の話から精神科医療の抱える問題の一端でも理解していただければ幸い
   です。人はその人の努力にかかわらず人生のどこかでつまずくのです。そのつまずきを良い
   意味で病人を手助けできる精神医学にするために、一般の方のご理解とご協力が必要です
   と講演を結ばれました。

(4)わたしの主張発表・わたしたちの活動報告ⅲ  15:10~16:10
 精神障がい者自身が、自分の体験してきたことや考えていることを発表することで、仲間同士
や一般の人たちの精神障がい者に対する理解を深めることやその人権について啓発すること
を目的に行いました。
 過去2回の企画がたいへん好評でしたので、
今年度もパートⅢとして行いました。次の3施設
から1名ずつの方が発表してくださり、司会は社
会復帰施設専門委員長の浅野雅彦さんが行い
ました。
① N.Aさん(社会福祉法人 舟伏)
 N.Aさんは子どもの頃賢かったのでお絵かき、
ピアノ、そろばん、サッカーを習っていて、周りの期待が大きかったです。しかし、大学受験を失敗
し浪人することになった頃から調子が悪くなり、不眠になり同級生とケンカしたことがきっかけで大
学病院の精神科を受診しました。共通一次試験の前に統合失調症を発病し、1ヶ月間入院しました
が、退院して夜間の短大に入り無事に卒業できました。卒業後就職しましたが長続きせず、生活
は乱れ、主治医から躁うつ病だと言われたりしました。病気で母親と父親を亡くした後、グループ
ホームに入居てから生活が安定するようになり、3年経った今まで再入院していないし、自分の行
動に責任を持てるようになって、社会で生きていると実感し充実した生活を送れるようになってい
るそうです。
② B.Nさん(クラブハウス ゆうせん)
 B.Nさんの診断名はうつ病、発達障害、ADHDです。病気のきっかけは、契約社員2年目の秋に
職場で人事異動があり、自分の部署は変わらなかったけれど、周りが一変しその変化についてい
けず不眠症になったことでした。上司との関係が悪化し、急にやる気が起きなかったりしてやがて
家に引きこもりになりました。しばらくして利用することになった地域活動支援センターふらっとで、
初めてやったお泊りレクの幹事がとても自信になりました。そして2年後には、次のステップとして
クラブハウスゆうせんに通うことになりました。ゆうせんのスタッフから就労支援をしないかと言わ
れましたが、続けられるかどうか不安でした。主治医からの勧めもあったので挑戦してみることに
しました。ゆうせんと契約している企業に週3日1時間行くことになり、スタッフが1ヶ月間はついて
協力してくれたこともあって働くことに自信がつくようになりました。しかし、まだ課題があります。コ
ミュニケーションや人との距離感といった対人関係です。将来的にはフルタイムで働きたいと願っ
ています。
③ N.Tさん(地域生活支援センター すいせい)
 N.Tさんには統合失調症だった母親と健常者の兄と弟があります。母親はN.Tさんが10歳の時
に離婚しましたが、それでも兄弟3人仲良くくらしていたようです。
 20歳前に、会社での残業が月100時間を超え、会社を変えても上司の執拗ないじめと暴力に
耐えきれず、手足が震え、心臓があぶるという症状がでて、統合失調症を発病しました。
 現在は結婚して小学校1年生になる丈夫な男の子があります。奥さんもN.Tさんと同じ統合失調
症で、現在は入院をしています。N.Tさんは自殺未遂もしました。救急車で運ばれたT病院ではケ
ースワーカーさんに「自分の病気と家に帰れば妻のマタニティーブルーで落ち着くことができない。
どこに安らぎを求めたらいいかわからない」と言ったら、ワーカーさんが泣いて聞いて同情してくれ
その優しい心を大切にしなければと思いました。また、G大学病院へ運ばれた時の担当の先生に
は、「N.Tさんは自分の器の水がたまっても誰にもすくってもらうことをしないんです。周りの人の器
に自分の水をすくってもらうようにしなさい」と言われました。確かにその通りだと思いました。

こころの健康フェスティバル・第54回精神保健福祉岐阜県大会の報告

 平成27年度こころの健康フェスティバル、第54回精神保健福祉岐阜県大会を開催しました。その概要をプログラムに添って紹介します。

1  期 日  平成27年10月29日(木)
2  場 所  各務原市文化ホール
          各務原市蘇原中央町2-1-8
3  テーマ  " 笑う門には 福来たる "
4  プログラム

(1)開会セレモニー  10:00~10:10
   ・あいさつ  岐阜県知事(代理:県健康福祉部保健医療課長 有賀玲子)
           岐阜県精神保健福祉協会副会長 鈴木祐一郎

(2)功労者表彰       10:10~10:25

   ・県知事表彰  3名(有賀課長から賞状と記念品が授与された)
   ・協会長表彰 14名(鈴木副会長から賞状と記念品が授与された)
     受賞された皆様おめでとうございます。(敬称略)
    <県知事表彰 受賞者 3名> (五十音順)
      小笠原雅子、中川真児、長谷部美波
    <協会長表彰 受賞者14名> (五十音順)
     
浅野律子、安楽一隆、河村 明、北原二三雄
     
木俣芳子、木村八重子、志田美智代、塚本あけみ
      西本 恵、林 浩一、舩坂英司、松田里枝
      武藤貴子、山田義文

(3)特別講演(トーク&落語)  
10:40〜12:00
   <演題>  「笑いとこころの健康」
   <講師>  矢野宗宏氏 (ユーモアコンサルタント)
   <プロフィール>              
   ・昭和31年4月 大阪府堺市生まれた。
   ・関西大学在学中に落語研究会に所属し、第14代会長を務めた。
   ・昭和54年4月 八光信用金庫へ入庫。
   ・平成2年9月 お笑い研究会を創設し会長となる。
   ・平成11年2月 NHK「クローズアップ現代」に出演し、地域に笑いを伝える活動を紹介され
    る。
   ・平成11年4月 八光信協金庫志紀支店長に就任。
   ・平成14年10月 八光信用金庫を退職し、ユーモアコンサルタントとして独立する。
   ・平成15年12月 内閣府より「生活達人」に選出される。
   ・平成24年4月 NPO法人お笑い研究会理事に就任する。
   ・現在は、講演や営業マンに向けた研修の中で「笑い」の効用について語っている。
   ・著書「おもしろい話には理由がある」(共著、PHP研究所)、「お笑いで支店長になりまして」
   (遊タイム出版)、「ユーモア力」(春陽堂書店)
 
   <講演内容>
 第1部は右の写真のように、スーツ姿で自分の銀行員としの経験をおもしろく語られました。
 大学を卒業し信用金庫に入庫した矢野氏は、事務作業が
苦手で庫外営業も消極的だったために、最初の10年間は
充実感が持てなく暗い生活になりました。しかし、上司ととも
に地域に笑いを提供する活動を始めたことによって、仕事の
面でも積極さがでてきて、きわめて優秀な営業成績を収めら
れるようになりました。人間関係のストレスを抱えたり精神的
に追い詰められた時、笑いやユーモアがその苦しさを和らげ
てくれることをご自身の体験から具体的に語られ、日常生活の中に笑いやユーモアを取り入れる
ことによって、人生を明るく生きられることを語られました。
 第2部は着物に着替えて落語の実演をされました。矢野さん
が落語をされる時の芸名は「爪田家(つめたや)ライム」だそう
です。
 出し物はご存知与太郎の商売話の「道具屋」。大家の甥の与
太郎は36にもなるが少し「こいのぼり」(図体は大きいが中身
がない)。心配したおじさんが、商売のコツを言い聞かせ、商売
道具一切を持たせて送り出します。その売り物がひどくて、首が抜けたおひな様、火事場で拾っ
た真っ赤にさびたのこぎり、二本足の電気スタンド、穴のあいた花瓶、抜こうと思ってもなかなか
抜けない木でできた短刀などなど。そんなガラクタばかりをたたみの上に並べた店に訪ねてきた
お客とのやりとりのおもしろさ。笑いの絶えない楽しい落語でした。まさにこころの栄養、こころの
健康にぴったりの楽しいお話しでした。

(4)わたしの主張発表・わたしたちの活動報告Ⅱ  13:00~14:00
 精神障がい者自身が、自分の体験してきたことや考えている
ことを発表することで、仲間同士や一般の人たちの精神障が
い者に対する理解を深めることやその人権について啓発する
ことを目的に行いました。
 昨年度初めての試みで、たいへん好評でしたので、今年度も
継続しパートⅡとして行いました。次の3施設から1名ずつの方
が発表してくださり、司会は社会復帰施設専門委員会の酒井伴好さんが行いました。
 ① 支援センター すいせい
 ② 岐阜ダルク
 ③ あけぼの会第三サンライズ
 3名のうち2名は統合失調症の当事者の方で、1名は薬物依存症の方でした。病気の症状や苦
しみの内容はそれぞれ違っていましたが、3名とも思春期に発病され、それまでとは一変した生活
を余儀なくされました。もがき苦しむ生活の中で、自分を理解してくれる人、一緒に歩んでくれる仲
間との出会いに救われました。そして病気の自分を受け入れ、ありのままで生きることができるよ
うになりました。今は、やりがいを感じながら働けている喜びを語られ、今度は自分が苦しんでい
る周りの人に役立つ何かをしようと頑張っておられる姿に感動しました。ありがとうございました。

(5)ミニコーラスを楽しもう!  14:10~15:00
 
今年の癒しの音楽はぎふ音楽療法協会の12名の皆さんに
合唱を聴かせていただきました。
2部構成で楽しい曲や懐かし
い曲を歌ってくださいました。
<第1部> 世界ふれあい音めぐり
  「アイネ クライネ ナハト ムジーク」のように、どこかで聴
 いたことのある曲もありましたが、ほとんどが初めて聞く曲で、まだ行ったことのない遠い異国に
 思いをはせながら珍しい曲を楽しみました。
  「アイネ クライネ ナハト ムジーク」
  「ジャンボ(こんにちは)ハクナマタタ(なんとかなるさ)」
  「ルベルタンゴ」、「マンボNO5」
  「ジョイフル ジョイフル」
<第2部> 日本の歌めぐり
  秋にちなんだ歌や古くから歌い継がれてきた懐かしい曲をしみじみと味わいました。
  「赤とんぼ」、「村祭り」、「小さい秋見つけた」、「ビリーブ」
  「麦の歌」、「花は咲く」

(6)芸術展        常時展示

 ホワイエのスペーズを利用して障がい者の方の芸術作品を
展示しました。今年度は黒野病院だけの出展でとても寂しか
ったのですが、時間をかけて創りあげた力作の貼り絵や玄
関の靴箱の上にでも飾っておきたいような立体作品が観る
人たちの心を和ませてくれました。
 出展ありがとうございました。

(7)参加者のアンケートから
参加者190名のうち、アンケート回答者97名(回収率51%)
<参加者の年齢>
 ・60歳以上→34% ・40代→21% ・50代→16%
 ・その他→29%
<性別>
 ・女性→59% ・男性→41%
<どんな立場か>
 ・当事者→34% ・病院関係者→16% ・社会復帰施設等関係者→15% 
 ・家族→14% ・その他→21%
<フェスティバルをどこで知ったか>
 ・社会復帰施設→30% ・精神科病院→19% ・家族会→13% 
 ・地域活動支援センター→14% ・保健所→4% ・その他→20%


こころの健康フェスティバル・第53回精神保健福祉岐阜県大会の報告

平成26年度こころの健康フェスティバル、第53回精神保健福祉岐阜県大会を開催しました。その概要をプログラムに添って紹介します。

1  期 日  平成26年10月29日(水)
2  場 所  各務原市文化ホール
          各務原市蘇原中央町2-1-8
3  テーマ  生きがいは すぐそこに
4  プログラム

(1)開会セレモニー  10:00~10:10
   ・あいさつ  岐阜県知事(代理:県健康福祉部保健医療課長 有賀玲子)
           岐阜県精神保健福祉協会長 田口真源

(2)功労者表彰       10:10~10:25

   ・県知事表彰  3名(有賀課長から賞状と記念品が授与されれた)
   ・協会長表彰 19名(田口会長から賞状と記念品が授与された)
     受賞された皆様おめでとうございます。
    <県知事表彰 受賞者 3名> 敬称略
      伊東明宏、木澤かおり、鷲見裕美子
    <協会長表彰 受賞者19名> 敬称略
     
五十嵐喜美子、大日向和雄、加藤幸恵、神戸 誠
     
久米みゆき、佐々木順子、佐藤佳子、曽我 聰
      高尾輝代、高木美智子、土田和恵、筒井美恵子
      花井弘和、三島幹雄、向川原直樹、村岡大志
      村上俊仁、村瀬重八、山本紀代

(3)特別講演(ライブ&トーク)  
10:40〜12:00
   ・演題 「統合失調症がやってきた」
   ・講師 松本ハウス(お笑いコンビ:松本キック&ハウス加賀谷)
                   <プロフィール>              
・「タモリのボキャブラ天国」「進め!!電波少年」などの人気
 番組に出演し人気を博す。ハウス加賀谷の統合失調症
 の病状悪化により1999年に活動を休止し、松本キック
 一人が活動を続けていた。
・入院生活を経て徐々に病状が回復し、10年ぶりの芸能
 界復帰を果たした。自らの闘病生活をオープンに語ると
 ともに、斬新な笑いを探究し続けている。

        
     上の写真は右に松本キックさん、左にハウス加賀谷さん。
    最初は、更のステージでハウス加賀谷さんの統合失調症の
    体験をネタにしたライブを10分間ほど披露してもらいました。
    自分の障害を笑いのネタにしてしまう発想がすごいなあと感
    じました。
     その後、右の写真のようにステージの中央前に机と椅子を
    用意して、2人のかけ合いトークを約1時間やってもらいました。ハウス加賀谷さんが中学生
    の時から幻覚、幻視に悩まされたことなどをとても具体的でわかりやすく話されたので、その
    辛さが伝わってきました。
     2人のライブ&トークは、参加者のアンケートに「お笑いを交えてのお話でたいへん聞きや
    すかったです。最近、暗い気持ちになっていましたが、″あせらず、あきらめない″という言
    葉を聞いて勇気がでました」とあるようにとても好評でした。当事者のハウス加賀谷さんの話
    が良かったのですが、彼の横でごく自然体で支えている松本キックさんの姿に感動したという
    声も多かったのも印象に残りました。

(4)わたしの主張発表・わたしたちの活動報告  13:00~14:00
    精神障がい者自身が、自分の体験してきたことや考え
   ていることを発表することで、仲間同士や一般の人たち
   の精神障がい者に対する理解を深めることやその人権
   について啓発することを目的に行いました。
    今年度が初めての試みです。次の3施設から1名ずつ
   の方が発表してくださり、司会は支援センターすいせい
   の浅野雅彦さんが行いました。
    ① クラブハウス ゆうせん(各務原市)
    ② ホーリークロスセンター(土岐市)
    ③ 支援センター ふなぶせ(岐阜市)
   3名ともに統合失調症の当事者の方で、発病の経緯や苦しさ辛さを具体的なエピソードで語ら
   れたのでとても心に響きました。病気を乗り越えた今、やりがいを感じながら働けている喜びや
   将来への抱負などを語られ、聞く人に勇気と希望を与えてくださいました。ありがとうございまし
   た。

(5)フルートのミニコンサート  14:10~15:00
    
今年の癒しの音楽はフルートの演奏でした。4人のフ
   ルートカルテット「ラテルネ」の演奏を楽しみました。「ラテ
   ルネ」とはドイツ語で「ちょうちん」を意味しており、岐阜を
   こよなく愛する気持ちが込められているそうです。
    演奏した曲は次のようないずれもなじみ深い曲で、代
   表の河田さんの軽妙な司会にのせられて、心地良いひ
   と時を過ごすことができました。
    「ひこうき雲」「アナと雪の女王」「小さい秋みつけた」
    「川の流れのように」「見上げてごらん夜の星を」「もみじ」